“維”旅レポート

 

第1回 宮本卯之助商店 宮本芳彦 (みやもと よしひこ) さん

 

 

“維”旅レポートの記念すべき第1回目は

太鼓・神輿・祭礼具の製造販売を行う宮本卯之助商店、

代表取締役社長の宮本芳彦(みやもと よしひこ)さんにお話を伺いました。

 

宮本卯之助商店さんには昔からお世話になっていて、プロとして活動を始めた時も太鼓を多く持っていない自分たちをとても協力的にサポートしてくださいました。今でも大変お世話になっています。

 

創業は文久元年、西暦に直すと1861年。

非常に歴史と伝統ある会社です。

 

宮本芳彦さんは宮本卯之助商店の会長である7代目宮本卯之助さんのご子息で、小さい頃から神輿・太鼓に囲まれた環境にいたそうで、幼稚園を卒業する頃の夢は

 

 

お父さんの会社を継いで社長になる!―

 

 

「その時点ですごく現実的で打算的な子供でした()とのこと。

 

でも、そんな頃から明確に夢を持っていて、しかも現在その夢を実現させていることがすごいですね。

 

大学を卒業し、政治経済学を学ぶため、イギリスへ留学。

意外なことに、決して宮本卯之助商店での仕事に活かすために、というわけではなかったそうです。

日本に帰ってからも、海外を転々とし、日本にいるときだけは宮本卯之助商店で働いていましたが、その仕事がだんだん抜けられなくなっていったそうです()

 

2001年がほぼ初仕事。

20103月に代表取締役社長に就任。

 

2003年から創業150周年を迎える2011年に向けて、

 

「社是社訓は絶対に変えないけれど、それ以外は全て変わる可能性はあります。」

 

と言って、たくさんの改革をしていったそうです。

 

「各セクションの職人さん達とも相当なケンカをしましたねー。30代のひよっこがベテランの職人さんに向かって『あなたのここがダメなんです』とか言ってしまうんですから()

 

と笑いながら言えるのは今がきっと良い関係だからこそですね。

 

 

「おかげさまで、最近は『太鼓が好きなんです』とか『神輿が好きなんです』と言って入社してくる若い子も増えてきたんです。だから『こうしたい!』という想いを持っている子も多く、それをできるだけ実現していこうと思います。権限委譲することで、各人に責任を持ってもらい、より良いもの、より良い会社に、全員で一致団結してやっていきたいんです。」

 

 

若い力もベテランの職人さんたちの洗練された技術も、全てを同じラインで足並みを揃えて進む、すごく大きなエネルギーを感じられました。

 

 

 

 

<和太鼓は伝統でしょうか?>

 

こんな質問をしてみました。

自分自身、これにはいつも引っかかる部分があります。

おそらく1世紀も経っていないであろう創作和太鼓というジャンルが広まり、それが一般的な和太鼓のイメージになってきている中で、色々な方に“伝統芸能をされているんですね”と言われることがあります。この言葉にはちょっと違和感を覚えており、芳彦さんはどう思っているのか興味がありました。

 

「まず、(創作)和太鼓はまだ伝統芸能では無いと思います。というか、和太鼓を伝統芸能と言ってしまうと誤解を招く可能性があると思うのです。もし言うならば、しっかりと創作系の和太鼓と郷土芸能やお祭りの和太鼓がどう違うのかを伝えていかないといけません。そうしないと、郷土芸能やお祭りの和太鼓の地域色が消えて、創作和太鼓と区別が無くなり、今までその地域で育まれてきたものが潰えてしまう可能性があります。」

 

確かに。。。

創作和太鼓は今、リズムが早い方がいい、音が大きい方がいい、太鼓が大きい方がいい、といった方向が強く、逆に郷土芸能やお祭りの太鼓はそのあたりには大きく重心を置いていないように思えるので、そもそもそこを一緒に考えるのはかなり無理があるような気がします。

“和太鼓”を一括りにすること自体がそもそも誤解を招く原因でもあるかもしれない。ましてや“和太鼓は伝統芸能です”というと、それは和太鼓を知らない人たちにとっては致命的な誤解を与えてしまいかねない。

そして、こうも言っていました。

 

「和太鼓はもっと分類されてもいいんじゃないかと思います。ギターと一口に言っても、クラシックギターやエレキギター、フラメンコギターなど、色々なものがあるように、和太鼓にも色々なものがあっていいし、今も実際色々な和太鼓が共存している。和太鼓といって見た時に、最初に見た2つ3つの和太鼓を和太鼓である、と思われてしまうのが悲しいですね。なにが正しいということではなくて、色々な和太鼓があるという認識を持って欲しい。そしてそういう考え方を持った若い世代が増えないと、芸能としての和太鼓が無くなっていくかもしれないですね。」

 

この“維”旅レポートの「旅のはじめに」というところでも書いた自分の想いと一致する部分が多く、とても共感することができました。

 

郷土芸能としての和太鼓、お祭りの和太鼓、創作系の中でも実は各地域の色を持った和太鼓から、地域色を取り払ってチーム個性を出している和太鼓まで、はたまたパンクやロックとコラボレーションする和太鼓など、本当にたくさんの和太鼓が共存する和太鼓界。

 

新しいものと昔からあるものが混在して、それぞれがそれぞれの太鼓の道を探す・・・

 今の和太鼓界ってそんなイメージかもしれないですね。

 

 

 

<大胴の話>

 

江戸囃子の中で使われている、1尺1寸~1尺3寸くらい(打面直径35センチ前後)の宮太鼓を“大胴(おおどう)”とか“大太鼓”と言ったりするのですが、芳彦さんはなんでそれがそう呼ばれるのか不思議に思っていたそうです。

大太鼓といえば、一般的に3尺(1メートル前後)の打面の大きい宮太鼓のことを言ったりするのですが、その半分にも満たない宮太鼓をそう呼ぶ・・・確かに不思議です。

国立劇場で行われた「日本の太鼓」という公演の時に、江戸囃子の演奏を聞いたとき、まさしくその疑問が解けたそうです。

笛と締太鼓、当たり鉦と大胴で演奏される江戸囃子の中では、まさしくその宮太鼓は、3尺の大太鼓にも匹敵するほどの存在感を出していたそうです。

 

「音は相対的。上手く使えば1尺程度の長胴太鼓も大太鼓以上の存在感を出すことができる。多少なりとも創作系はもっと大きい音を、締太鼓はもっと高い音を・・・という傾向がありますが、古典系は、もっと小さい音を・・・という感覚を持っている。太鼓の表現方法は幅が広くて、小さい音でも太鼓の魅力はしっかり伝わるはず。より小さい音からより大きい音まで上手く使えば、より深く和太鼓の魅力は伝わるんじゃないかと思います。」

 

という芳彦さんの言葉は自分たち奏者にとっては大きなヒントとなるように思えました。

 

 

 

<考える力>

 

「僕は和太鼓をやっているわけではないので(少しはやってみたことがあるそうです)、あまり偉そうなことは言えないから学問・勉強の話に例えて話します。」

 

と言ってお話してくれたことを紹介します。

 

 

Ph.D.ってなんだか知ってる?博士号のことなんだけど、その下の学位まではMaster of ~みたいにして、分野が分かれているんだけど、博士号に関してはどんな分野でもPh.D.なんですね。Ph.D.は『Doctor of Philosophy』で、Philosophyは哲学っていう日本語に当てはまる。これは、『全ての学問は最終的に1つのところに集約していく』っていうことで、逆に言うとギリシャ時代にアリストテレスが哲学を細かい学問に分けていったってことなんだよね。哲学っていうのは考える力。何を勉強していても考える力を養っていけば、他の何においても通じてくる。だから全てが勉強で、自ら考えて学ぶことが大事なんだと思うよ。」

 

考える力。日々何においても好奇心と探究心を持っていると、それが和太鼓に関係ないことでも、ふいに和太鼓と繋がるときがある・・・それもそういうことなのかな。

自分が表現者として思うことは、和太鼓奏者も三味線奏者も尺八奏者も、俳優もパフォーマーも、全ての表現の根本というか核の部分は同じなのではないかなということ。

だから、他のアーティストの方と話したときにその部分が合うと非常に話が早いことがある。これもある意味アーティスト哲学のようなものなのだろうか。。。

非常に興味深い話だった。

 

 

 

<氷山の一角>

 

「卒論を書く時に、スケールの大きなことを書こうと思って、そのテーマを教授に出しに行ったんです。そうしたら『これのどこを深堀りするんですか』『今語れる程度のことをこれから半年かけて何をするんですか?』と言われてハッとして、その中の一つの部分に着目して掘り下げていったんだけど・・・全体を見たからこそ、そのどこに焦点を当てるかがわかるし、その深く掘り下げた部分も全体を見たからこそ深みが出る。表に出る部分はその焦点を当てた部分でしかない、まさしく氷山の一角だけど、そのためには全体を勉強しなきゃいけないんですよ。表現もそうであって欲しいし、そんな太鼓打ちが増えたらいいなぁ、と思います。」

 

自分もそうでありたいと思いながら活動しているので、この芳彦さんの言葉もとても印象に残っている。

勉強して知識をつけるってとても大事なことですね。

 

 

 

<和太鼓の魅力ってなんだと思いますか?>

 

ざっくりと大きなテーマで質問してみました()

 

「一言で言えば、『入りやすい』ことなんじゃないでしょうか。日本人に限らず、外国人にとっても単立してできる日本の楽器というところは表現として一つの魅力で、『やっている人が気持ちよくなる』『自由に作れる』そういった意味では非常に入口が広いというのは大きな魅力だと思います。

ただ・・・

入口が広く入りやすいということは、奥に向かって難しくなっていかなくてはいけない。和太鼓の入口のそのもっと先にある、奥深さや可能性を感じられる魅力。確かにそれはあると思うんです。もっと何かあるんじゃないか、ワクワクするようなその魅力を伝えていくのが太鼓打ち含め我々業者の役目だと思っています。そうすることで、和太鼓を続ける人、和太鼓に関わる人はもっと増えていき、未来の和太鼓芸能を創るんだと思います。」

 

 

各地の様々な和太鼓や、色々な舞台、アートをたくさん観ている芳彦さんのこの言葉には、すごく重みがありました。

日本だけでなく、世界における和太鼓の魅力と、その和太鼓を日本の文化として、この先もっと発展させていくために、日々色々なことを感じて、行動している方なんだと感じました。

過去と現在の和太鼓が辿ってきた道をしっかりと見据えて、未来の和太鼓の形を紡ぎ出していく。

自分もそんな未来を紡ぐ1人でありたいなと思います。

 

そのためにはもっともっと多くのことを知って、和太鼓界だけではなく、もっと広い全体を見渡しながら自分の道を進みたいと思います。

 

 

宮本芳彦さん、貴重なお話を本当にありがとうございました!

 

 

取材日 2013年 4月 4日

株式会社 宮本卯之助商店(みやもとうのすけしょうてん)

http://www.miyamoto-unosuke.co.jp/